すべての人ではありませんが、京都人は、おうどん屋さんでおうどん( これだけには限りませんが )をよばれたあとは、お箸をちゃんとお箸紙に入れて、
お箸紙の先を
少しだけ折り曲げておきます。
どうせほかすもんやけど、お箸の濡れているのを人に見せるというのは決して美しくないですし、ほかす時に、
お店の人が不愉快な思いをしないようにと京都人は考えています。
そんなとこまでにも気を配り、いただきましたという感謝の気持ちを持つというのが
京都人の美学です。
そして、祇園祭は町衆の祭りであり、京都人のこころであり、誇りであると思って
います。
いくつになっても祇園祭が近づいてくるとウキウキしてきますし、宵山などほんとに
大勢の人が出かけて行きます。 室町通や新町通は身動きが取れないぐらいに人で
いっぱいになります。
だいぶ前のことですが、山鉾がいつも通る御池通が地下鉄工事の真っ最中でした。建設機材や建設材料でごったがえしていました。 こんなんでは御池通は山鉾が
通れないのでは思われていたんですが、前日までに路上にあったすべてのものを
取り除き、無事に山鉾を通したのです。
祇園祭ほどお金や労力など無駄の限りをつくした祭りはないと言われてますが、
無駄とも見えるものに大切な時間を費やし、惜しげもなくお金を使うことが 京都人の
発想の根源にあると思います。
一見無駄に見えるものを無駄にしないところに京都人のこころがあり、人と人との
ふれ合いや心のゆとり、充実感を生み、それがたとえ形に表れなくても 人々の心を
なごませ、豊かにするものであると考え、またそれを誇りと思っています。
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